クリームぜんざい小春カフェ

No.10

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

遂に最後の一軒になった

かつての広島名物を求めて

見よ!これがクリームぜんざいだ

突然だが「クリームぜんざい」と聞いてあなたは何を思い浮かべるだろうか? よかったらおググりいただけると恐縮だ。冷やしたお汁粉の上に生クリームやアイスが乗ったもの…に紛れて、薄い小豆色のジェラート状のものが表示されないだろうか? そう、上の写真のような。あるいは、「クリームぜんざい」と入力した瞬間「広島」とサジェストされなかっただろうか? かつて広島の一部地域では、クリームぜんざいとは写真の食べ物のことを指していたのだ。時がたち、この甘味を提供する店は、おそらく1軒が現存するのみ。絶滅しかけの広島ご当地スイーツ、クリームぜんざいの謎に絶メシ調査隊が迫る!

(取材/絶メシ調査隊 ライター名/山根尚子)

「クリームぜんざい始めました」
そんな看板に引き寄せられて

ライター山根
「いやー暑い。猛暑というか酷暑というか。とにかく連日暑くてたまらないのは今が夏だから。令和3年7月の広島からお届けしております、絶メシ調査隊の山根でございます。こんな暑い日は冷た~~~~いスイーツでもぺろりと行きたいですね、ってことで、今日の絶メシターゲットはずばり甘味です。そして取材先はこちら!到着しました!!」

…あら、お洒落。お洒落なカフェ。

本日絶メシ調査隊が訪れたのは、広島市中心部から少し離れた路地裏にある「小春カフェ」。平成25年9月開店で、ここまで紹介してきた大正~昭和生まれの古参飲食店たちとは明らかに雰囲気が異なる。店はランチやスイーツを楽しむ客でいっぱいだ。なぜ今回、この店を訪れたかというと…。

「開始~~~~~~~~~~!」

ライター山根

「よかった始まってます!クリームぜんざいが。広島の人以外には今一つピンとこないと思うのですが、かつて広島では、他県とは全く違う『クリームぜんざい』という甘味が楽しまれていたんです。今日お邪魔するのは、その古き良きクリームぜんざいが今でも食べられるお店なんですね~」

というわけで、入店してみる

ライター山根

「はああああああああああかわいい。心のかわいいセンサーがビンビンに反応してしまう。レトロなものやキュートなものが好きな人にはたまらない空間です。なんかもう私、住めるわここに…って、あ、こんにちは!」

「ごめん、ちょっと待っとって~」

巣守さん

「ちょっと今、クリームぜんざい10個の持ち帰り注文が入ったから」

 

クリームぜんざい…10個。

 

10個という注文数と「クリームぜんざいにはお持ち帰りがある」という事実に驚きながら見守っていると、巣守さんは素早い手つきで用意を始めた。それがこちら。

 

大きな箱から何かをよそって

あっという間に10個のカップを一杯にした巣守さん。続けて、絶メシ調査隊のための店内飲食用クリームぜんざい(500円)も素早い手つきで仕上げてくれた。
巣守さん

出来立てはふわっふわでどこまでも盛れるんだけど、もう夕方だから少し硬くなったかな~」

こうしてできたのが、こちら!

アイスでもソフトでも
ジェラートでもない素朴な味

ライター山根

「うふふ、現在40代以上で広島市中心部が主な活動領域だった人にとっては、クリームぜんざいって言えば、これのことなんです! 冷やしたお汁粉にクリームやアイスが載っているものとは違う、何だろう、和製ジェラートみたいな…」

溶けちゃう前にいただきます!

ライター山根

「ああー、きゅうっと冷たくって、しっかり甘くって、それでいてしつこくなくって、しゅるしゅるっと口どけよくって、小豆の粒も少し残ってて、なんだろうな~~~これ。アイスとも、ソフトクリームとも、ジェラートとも、かき氷とも違うんだよな~」

ライター山根

「もぐもぐひやひや。あー、暑さでやられた体に糖と涼が行きわたる。しかし、これってよく考えると、何でできてるんだろう。クリームは入ってますよね、きっと」

巣守さん

「材料はね、炊いたあんこと、原液。原液っていうのは、水あめとお砂糖とお水を煮詰めて作るシロップみたいなもの。それを前日、夜のうちに作っておいて、あんことお水と一緒に攪拌するって感じです、毎朝の作業は。まぜ始めて30分くらいで出来上がりますね。できたては空気が混ざってるからすっごいふわふわ」

クリーム、入ってなかった…!

確かに乳の感じはないが、全体にもったりと白っぽい色合いなので何らかの乳製品は入っていると思い込んでいた絶メシ調査隊。最後の一口まで美味しく頂いたところで、この「クリームぜんざい」という食べ物がなんなのか、なぜこのお洒落カフェで提供されているのか、といったところを紐解いていきたい。

「たむらのクリぜん」が
子どもの頃のご馳走だった

クリームぜんざいの歴史は昭和25年ごろまでさかのぼる。平成2年に発行された地元の情報誌「広島食べ歩きの本722店」に、「安いが手抜き一切なしのクリームぜんざいが大好評」との見出しで、当時で創業40年だという「たむら」という店のクリームぜんざいと宇治ぜんざいが紹介されているのだ。その他「庵自由」「志げむら」といった店の記事にも「クリームぜんざい」の名を見ることができる。現在「小春カフェ」で提供しているのと同じスタイルのものの他、上半分にソフトクリームを盛り付けた店もあったようだ。

ライター山根

なかでも広島でクリームぜんざいの代名詞だったのが、広島駅の近くにあった『たむら』。巣守さんが引き継がれたのは、この『たむら』のクリームぜんざいなんですよね?」

巣守さん

「そうそう。中学の時、ずっと行っとって。『たむら』に近い荒神町のあたりに友達がいて、帰り道とか土曜とかはいっつも行きよった。友達んち行って、『たむら』行って

やがて成長し、タウン情報誌の記者やグラフィックデザイナーなどの仕事を経て、平成25年に夢だったカフェをオープンすることを決めた巣守さん。その時に思い出したのが、5年前に閉店して以来、機材などがそのまま残されていた「たむら」だった。

ライター山根

「カフェをやろう、っていうのと、『たむら』のクリームぜんざいを引き継ぎたい、っていうのはどっちが先だったんです?」

巣守さん

「同時かねえ。もともとカフェが好きだったから、いつかはやりたいなと思うんだけど、なかなか勇気が出んで…」

ライター山根

「『たむら』の店主とはもともとお知り合いだったんですか?」

巣守さん

「タウン誌の記者してた時は取材でも行ったけど、知り合いってほどでもなかったなあ。最初は『パール』のおばちゃんに紹介してもらったんですよ。『パール』と『たむら』はいとこなんで。『たむら』がすごい好きだった、って話をしよったら、『呼んでみてあげよっか~、まだ機械とかそのまま残っとるよ』って」

ちなみに「パール」はこの店。外観がめちゃエモい

ライター山根

「『パール』か~。懐かしい名前が出て来たなあ。そもそも田村さんは、クリームぜんざいを受け継いでくれる人を探してたんですか?」

巣守さん

「全然なんですよ。『たむら』を辞めるとき、いろんなところから言われたんだって、受け継ぎたいっていうのを。でもその時は自分のクリームぜんざいを誰かに教えるとかいう気持ちが全くなくて、全部断ったって言いよっちゃった。それが、辞めて3~4年経って気持ちが変わったみたいで。だから田村さんに、私がちゃんと作りたいけえってお願いしたんです」

巣守さん

「結局ね、『たむら』のクリームぜんざいは、この機械がないとだめなんです。すごい最新のジェラートマシンみたいなのを貸してもらって作ってみたりもしたんだけど、なんていうか滑らかになりすぎちゃって。昔の素朴な感じが出なくて。ふわふわの美味しいジェラートにはなるけど、クリームぜんざいとは違う。じゃあこの機械を復活させようって…。お店を閉めた後もそのまま置いてあったんですよ。たぶん処理するのも大変だったんでしょうね。このアイスクリーム製造機は特注だと思います」

ライター山根

「じゃあ壊れたらもう…」

巣守さん

「いや、昔の機械だからね。いろんな人に見てもらったんだけど、構造がシンプルなんで意外と修理はできるっぽい(笑)」

闇市で手に入る材料で
丁寧にこしらえた氷菓子

クリームぜんざいという呼称の発祥が「たむら」からなのかは定かではないが、小豆と水あめと砂糖を使った「たむら」の氷菓子は、戦後間もなくから作られていたという。

巣守さん

「初代の田村さんが、戦後東京から帰ってきて、闇市で手に入る材料を使って商売を始めたのが最初なんです。だから材料は小豆と砂糖と水あめと…ってシンプル。東京に『甘味処みつばち』っていうお店があって、そこの名物の小倉アイスをイメージして広島で作ったんじゃないかって聞いてます。このお店今もあってね、私も食べに行きました。美味しいんですよ!お取り寄せして家族に食べさせたら『クリームぜんざいより美味しいじゃん』って言われた(笑)。今度東京行ったら食べてみて~」

そして平成25年9月、巣守さんは長年の夢をかなえ、広島市中区榎町に「小春カフェ」をオープン。目玉メニューはもちろんクリームぜんざいだ。「『たむらのクリぜん』がまた食べられる!」と、開店当初は大きな話題になった。

ライター山根

「さっきから、持ち帰りクリームぜんざいを買いに立寄られる方もたくさん…!『小さい頃、広島駅のほうに行くと母親が必ず買って来てくれたんですよ』っておっしゃってたご婦人が印象的でした」

店内にはほかにもいくつか「たむら」から譲り受けたものがあり、往年の店を知る者にとってここは特別な空間なのだ。

一時期は広島市内で「クリームぜんざい」を提供する店が複数あったこともあり、「たむら」ではない店を懐かしんで「小春カフェ」を訪れる人もいるという。クリームぜんざいは広島が生んだ大スター西城秀樹さんの好物としても知られており、取材日直前の週末には西城秀樹ファンの皆さんが40個をまとめ買いしに訪れたとか。

巣守さん

「この前はね、横浜からも西城秀樹ファンが来た。ヒデキは幸せモンねえ」

ライター山根

「推し活ってやつですね…ファンの情熱すごいな。ところで、材料のあんこってここで炊いてるんですか?」

巣守さん

「あんこはこの近くの『いわた屋』のあんこ。田村さんは自分で炊いてたけど、時々『いわた屋』からも買っていたそうです。奥さんがわざわざ電車でこの辺まで買いに来てたって」

ライター山根

「製餡の『いわた屋』は創業100年以上ですもんね~。歴史を感じる!昔は何店舗もあったクリームぜんざいの店、今ではたぶん、ここ『小春カフェ』だけになってしまいました。巣守さんはまだまだ若いけど、ずーっとここでクリームぜんざいを提供し続けようと思っておられますか?」

巣守さん

「それはねえ…実は悩んでます。お店があると縛られちゃうから、身軽になりたいなって気持ちもありますよ。といっても、もちろんすぐすぐではないけど。もうクリームぜんざいここにしかなくなっちゃったし、やすやすと辞められないよね。私が引き継ぐって息巻いて言うたけえ…」

「まあ、田村さんがおる間は辞めれんね」

ライター山根

「おる間は…っていうことは、田村さんは…ご存命?(←失礼)」

巣守さん

「もちろんご存命よ!!!! この土曜日にも来てくれた。毎回『前より旨うなったのう』って言って帰っていくから、『右肩上がりですね』って(笑)

冷たくって甘くって、若い人や初めて食べる人もなぜか「懐かしい」と口に出してしまう、そんなお菓子がクリームぜんざい。平成の終わりに途絶えそうになった歴史を、古きよきものを愛する巣守さんががっしりと受け止め、令和の世へと引き継いだ。小豆、砂糖、水あめと水というシンプルな材料も、世界に一台の機械でしかできないという製法も、戦後の闇市から続くやり方。そう気づくと、かわいらしい店内にスッと昭和の風が吹いて来たような気持ちに襲われる。クリームぜんざい未経験の人も、久しぶりに食べたいなという人も、ぜひ「小春カフェ」に立ち寄ってみてほしい。

取材・文/山根尚子

撮影/キクイヒロシ
  • このエントリーをはてなブックマークに追加