臭いは強烈でも味はあっさり
安心の広島ラーメンど定番は
濃厚な家族の絆がダシになる!?
臭いは強烈でも味はあっさり
安心の広島ラーメンど定番は
濃厚な家族の絆がダシになる!?
日本の国民食・ラーメンは地域によって特色があるが、広島市にも“広島ラーメン”と呼ばれる定番がある。それはしょうゆトンコツ&中太麺の組み合わせで、トンコツベースではあるものの九州地区ほどの濃さはなく、あっさりマイルドな味わいがデイリーユースにちょうどいい。そこにはラーメンというより“中華そば”という言葉が似合う、しみじみしたノスタルジーが漂っている。今回はそんな広島ラーメンの人気店から、店を通り過ぎるとき誰も一度は振り向くこと必至の「上海総本店」を紹介しよう。
(取材/絶メシ調査隊 ライター名/清水浩司)
「みなさんどうも、『広島トワイライトゾーン』のお時間です。今日のお相手は絶メシ調査隊広島支部隊員の清水浩司です。今わたくしが来ているのは広島の中心部である八丁堀の京口門公園周辺。このあたりは県庁に中央警察署、合同庁舎などが建つ官公庁エリアですが、ここに世にも奇妙なエリアが存在するというウワサが流れています。なにやらそこを通るだけで強烈なトンコツ気流に巻き込まれ、どうしてもラーメンを食べたくなる飢餓状態に陥ってしまう三差路、その名も“T(=トンコツ)ゾーン”……はたして令和の時代に、そんな場所が存在するのでしょうか?」
ここが噂のTゾーンか……
ん、トンコツ気流キャッチ!
未曽有の臭気の出元はここか!?
間違いない、ホシはこの中にいる。
さっそく突入してみよう!
ということで、ライター清水がガサ入れしたのは広島市中区八丁堀にある「上海総本店」。確かにこのゾーン、ライターも自転車で走っていると突然のゲリラ臭に襲われ、クラクラした記憶がある。道行く人の胃袋を無差別に刺激してはばからないこのトンコツスメル……ホシは愉快犯に違いない。
「手を挙げろ、トンコツ罪でタイホする!……なーんてハズはなく、絶メシリスト広島版の取材です」
「はい、こんにちは。お待ちしてましたよ」
オヤッ、この店内は……
この中華然とした内装!
いつまでも眺めていたい値段表!
……………誰?
「お父さん、この店の雰囲気よすぎるっすよ。ザ・中華そば屋としてのたたずまい、最高でしょ!」
「創業して60年以上、ここに移ってからももう30年以上経っとるけぇね。30数年の間に店は何回かきれいにしたけど、すぐ元に戻ってしまうんよ」
「永遠にこのままでいいと思います」
「じゃ、ラーメン食うか?」
「はい、よろしくお願いします!」
暴力的な臭いに引き込まれ、中に入るとナツカシの中華そば屋を絵に描いたような店構えに完全にノックアウト。ほとんどハラペコホイホイと化している上海総本店、その臭いの根源である中華そばはどんな味だろう?
「床が汚れとるけぇ気ぃ付けて。しょうゆダレは創業から60年以上、継ぎ足し継ぎ足しで使っとってね。前の店からここに来る時も、寸胴ごとこぼれんように運んで来たんよ」
「店のウリであるトンコツスープはどれくらい炊き込んでるんですか?」
「今日は3時すぎに来て炊きはじめたけぇ、もう6時間近く? 今日はあんたらが早い時間に来る言うけぇ、早う来てやったんよ」
「わざわざ取材のために、ありがとうございます!」
「(湯切りする姿を見て)麺を上げるタイミングは身体で覚えてるんですか?」
「今は時計を見たんよ。ほら、時計があるけぇ」
「あ、ほんとだ。正面にしっかり時計が置いてある」
「見るけど実際はあまり気にしとらんよ。40年近うやりよることじゃけえ、身体が勝手に動くしね。ただ、20年前に脳梗塞をやって以来、手が思うように動かんで。細かい麺を取るのが大変なんよ」
「そんな体調なのに厨房に立たれてるんですね……」
では熱いうちに頂戴します!
「ずずーっ。あれ? そんなに濃くない。めっちゃ濃厚なスープを想像してたのに」
「思ったほど濃くないでしょ? 『こってりで』って言われないと、こんなもんですよ。臭いは店自体に染み込んどるからね。小学生なんかよく店の前を通って『臭い!』って言ってますよ」
「これはベーシックなしょうゆトンコツですね。広島ラーメンど真ん中。麺も中太のストレート」
「ウチはじいちゃんが満州から帰ってきて製麺所をはじめて、それが最初なんです。じゃけえ何年か前までは麺も自分のとこで作っとって。店やりながら昼に自宅の工場に戻って次の日の麺を作って、また帰ってきて店をやって――ってやりよったけど、わしの体力の問題と機械の老朽化でやめたんよ」
「具はネギ、チャーシュー、モヤシ、メンマのベストバランス。チャーシューは薄手で脂分が少なく、スープを吸っていい感じです」
「味は店をはじめた親父の頃から何も変えとらんですよ。あ、先代のときはウンもスンもなくコショウをガーッ!とかけて出しよったんです。夏場なんてスープとコショウで身体が熱くなって、汗が噴き出して。だけどその後、スーッと涼しくなるって評判でしたよ」
「あ、おでんもあるじゃないですか! 広島ラーメンの定番である“おでんセルフサービスシステム”。こちらも追加でいただきます」
「ぷはー。仕事なのに幸福しかない時間をすごさせてもらいました。さすが先代の味を守って40年以上!」
「でもわしもそろそろ引退かな……今日もこれから店の改装の工事の人が来るんじゃけど、店の雰囲気はそのまま残してきれいにするのがいいんかな? これが最後の仕事ですよ」
「お腹いっぱいになったんで、次は継承の話をしっかり聞かせてもらいます!」
そもそもこの「絶メシリスト」という企画、「絶やすわけにはいかない絶滅寸前のグルメを守ろう」というのがコンセプト。昨今日本全国で問題になっている事業継承者不在という現実に向き合い、なんなら跡継ぎの募集までこのサイトでやっちゃいましょうと活動を進めているのだが……。
「いやー、ちゃんと跡継ぎがいるってスバラシイですよ。『跡を継いでくれ』って藤本さんから頼んだんですか?」
「五分五分かねぇ……『おまえが次期社長じゃけぇの』くらいのことはさりげなく言ったかもしれんけど」
「サブリミナルな刷り込みが息子さんの心を動かしたんですかね? 何をキッカケに継ぐことに?」
「それまでは別の店でバイトしとったけど、さっき言ったように2002年にわしが脳梗塞になって。そこから手伝ってくれるようになったんです」
「脳梗塞は大変でしたけど、ケガの功名というか息子さんが店を継ぐキッカケになったのかもしれませんね。ところで……他にも若い店員さんが2人おられますけど、あれはどちら様?」
「あれは孫。娘の子供で椎葉圭介と妹の椎葉ゆい。圭介はこの前からウチの会社の役員をやっとるよ」
「お孫さんも一緒に働いてるんですか!」
「そうよ。じいちゃんは製麺所じゃけえ1代目とは言えんけど、親父を1代目とすると、わしが2代目、息子が3代目、孫が4代目……まだ小さいけど裕次の子供もおるけえね。今は4代目の途中って感じじゃないかな?」
上海総本店、盤石じゃん。
「跡継ぎもおるけぇ、わしもそろそろ引退よ……」
「そんなこと言わず、できるところまで頑張りましょうよ」
「でもライバルがおらんようになったけぇね。ついこの前の5月20日、ずっと一緒に店をやっとった双子の弟が店を辞めたんよ。『健康寿命は70歳じゃけえ、わしもう辞めるわ』って」
「ああ、双子の弟さんと一緒に店を切り盛りしてたんですね。それは張り合いがなくなりましたね……」
実は上海総本店は長年、藤本さんと双子の弟の英二さんの2人が中心になって店を運営してきた。最初は福岡の大学でフラフラ遊んでいた藤本さんが両親に引き戻され、店が繁盛して忙しくなると、病院の厨房にいた英二さんも店に引き込まれた。創業者である父が引退すると、以降はまさしく二頭体制。出前もシフトも2人で駆けずりまわり、40年近く上海総本店の看板を守ってきた。その英二さんが先日引退……まさに相棒であり分身でもある“ライバル”の決断は、藤本さんの心を大きく揺さぶったという。
「苦楽を共にした弟さんがいなくなって……それは淋しいでしょう」
「いや、でも魚釣りは毎週一緒に行きよるよ。この前も浜田まで行ったし」
「めっちゃ仲良しじゃないですか! お2人、まだ全然できるでしょ」
「まあ、わしも息子が『出るな!』って言ったら店に出んけど、人数が足らんかったら手伝わんわけにはいかんじゃろうしなぁ……」
2代目のご主人と3代目の息子さん、4代目を目指す2人のお孫さん、さらにご主人の長年のライバルであり絶対的パートナー・双子の弟……上海総本店の中華そばを紐解くと、この店に集まって生きる大ファミリーの姿が浮かんできた。きっと上海総本店は、この先もまだまだ続いていくに違いない。あ、わかった! もしかして、あの濃厚なトンコツ臭のダシの元って、この――
濃厚な血縁関係なのかも。
取材・文/清水浩司
撮影/キクイヒロシ
No.11
上海総本店(しゃんはいそうほんてん)
082-221-0537
:10:30~16:00、17:00~21:00(土曜~20:00)
テイクアウトあり 出前は歩いていける範囲なら可
日曜、祝日
広島県広島市中区八丁堀4-14
広電女学院前電停から224m
絶メシ店をご利用の皆さまへ
絶メシ店によっては、日によって営業時間が前後したり、定休日以外もお休みしたりすることもございます。
そんな時でも温かく見守っていただき、また別の機会に足をお運びいただけますと幸いです。